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  災  難

 人生には、どこに災難が待っているか分からない。 酔っ払って、いい気持ちで帰宅すると妻が


「口紅ついてるわよ」
「え、どこに?  電車が混んでたからなあ」
「カッターシャツじゃなくて、唇よ!!」
「・・・・・・・」


災難は突然襲い掛かってくる。



 仕事で、ある種の講習をしてこいという命令が下った。
「私は口下手ですし、今まで大勢の人の前で喋った経験もありませんが・・」
「かまわん。挨拶して映画を見せて講習済カードに印鑑を押せばよい」
「分かりました」


 講習会場へ赴き、壇上に立つと200名ほどの受講者がいた。これだけの人々の前で初めてものを言う時は足が震える。型どおりの挨拶をして、講習用の映画を始めるように同僚に合図を送る。すると同僚は舞台下に駆け寄ってきて言った。
「映写機が故障してる・・・何でもいいから一時間喋れ」
やはり、災難は突然訪れた。



 短期間であれロングであれ航海には順風満帆と厳しい試練が繰り返し訪れる。女心と秋の空。一天にわかに、かき曇り・・・こんな言葉があるくらい日本の海と空は不安定である。
 仕事として海に出るのではなく遊びの場合、安全に楽しくなくてはならない。

 この日、クラブレースが計画されていた。天気予報はNNWの風3〜4メートルだったのでレースというよりのんびりクルージングといった気持ちだった。無風曇天でレース開始。風は南から0.2メートル。参加各艇はスピンネーカーを揚げ必死に風を受けようとしているが艇は漂うばかりで殆ど進まなかった。


 空は暗雲が立ち込めて、やがて雨が降り出してきたと思うと、風は北へ振れ、突風が襲い掛かった。地元漁師の間では「やまで」として知られる前兆があったが、観天望気は正鵠をついていた。


 さざ波一つ無かった海面がいきなり一面白ウサギが飛ぶ状況となり、それが3メートルを超える波となり、雨と波しぶきが真横に吹きすさび、44フィートクルーザーのコクピットに海水が打ち込んでくるまでに、数分とかからなかった。
「吹いてきたぞ。ラッキー!」


 寒冷前線の通過に伴う突風の中、強風対策と自船を走らせることだけに専念する。レース用のメインセールは縮帆出来ないので、ジブセールを少し巻き込み、メインはトリム調整で誤魔化す。しかし、オーバーヒールした風下舷は海中に没し、船首が打ち砕く波頭は容赦なく頭上に降り注ぎ、寒さと船酔いにクルー3人がダウンした。


 風速計は33ノットを示し、艇速は登りで8ノット、ランニングで10ノットを超え、引き波は白く泡立っている。
 快調な帆走を続ける我々の前には他の艇は無い。

 なぜなら軽風時に先行していた小型艇の懸命な艇長達は危険回避のため早々とリタイアし、港に引き返していたのだ。そんなにリタイアしているとは知らない我々はそのまま20マイル強を走りぬけてゴールし、初の優勝を飾ることが出来た。

 ハーバーに入港後、レースの概況を聞くと、この長時間の突風で小型艇は引き返し、また30フィート艇もクルーの錬度が低いため安全を図り早々とリタイアしたという。

 また別の艇では、ワイルドジャイブによって女性クルーが負傷し救急車の要請を行うに至ったという。この艇のティラーを握っていたのは超ベテランであり、女性もヨット暦4年というが、急激な天候変化は思わぬ災難を呼ぶ。大事に至らなかったのは不幸中の幸いだった。


 あらためて言う。災難は突然襲い掛かってくる。