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                           荒天航行

 突拍子もない話が来ることもある。

 

「ヨットをマニラへ回航しよう。係留費が安い。」

「はあ? あの、沖縄の倍ほど距離のあるフィリピンのマニラ??係留費は安くても交通費がそれ以上かかるやんか。」

「いや、半年ずつ、日本とマニラで住み分ける。行こう!あんたとなら行ける。向こうは何でも安い。下見に行ったが、一万円を一日で遣うのが大変なくらい物価が安い。せっかくだから、グアム、サイパン、トラック島、ラバウル、パラオを廻ってもいい。」

 

「やめてくれ。祖父が眠っている海域だ。そんなトコをふらふら遊んでたらバチが当たる。」

 ヤマハ三四の回航要員になれという話だ。勘違いも甚だしい。私には、そんな技術は無いし私の家族も承知しない。収入も無くなる。お願いだから他を当たってくれと言ったが、彼はまだ諦めていないようだ。

南太平洋航海はともかく、今回は鳥羽パールレースに挑む奴隷船ことフェアウインドU(ババリア44)を、大阪から三重県鳥羽市まで約二〇〇マイルを回航するクルーとなった。七月一八日二三二〇、奴隷船は舫いを解いた。オレンジに輝く関西空港橋をくぐり大阪湾を南下する。艇の引き波が夜光虫の青白い光に彩られ幻想的に浮かび上がる。

雨模様で星は無い。灯台の光とGPSを頼りに艇を進める。二時間ほどで友が島水道にさしかかったが、このころから徐々に波高は、その高さを増していた。午前一時半、和歌山沖では四四フィートの奴隷船が波に腹をたたかれだし、波を乗り越える度にドーンという大きな音とともに派手な飛沫が上がる。

いきなり目の前の黒い海面がせりあがり、次の瞬間、艇は垂直になるかと思うほど船首が持ち上げられ、そのまま奈落の底に突っ込んでゆく。夜間は大波が来ても分からず、突然襲いかかってくるので油断は出来ない。ライフジャケットはもちろんハーネスもしっかり艇に繋ぐ。落水は死に直結する。

「恐ろしい、早く夜があけてくれ」

祈るような気持ちでラットを握る。雨と波飛沫で前が見えない。風は二八から三五ノット程度で真正面から吹いていた。メインセールを上げてやや針路を変え、風を斜め前から受けローリングを抑えるが、激しいピッチングは変わらない。

午前4時、ようやく空が白みかけたが視界には沖から寄せてくる大きな波の連続する姿しか入ってこなかった。

 船底が割れるかと思うほどの激しい衝撃が続く。後日の報道では、この日、この海域でヨットの消息が絶えたと伝えていた。すぐそばで誰かが遭難していたのかと思ったが、この艇は四日後に発見され事なきを得た。

潮の岬沖では豪雨は断続的になったが雷鳴が近づいてきた。いやだなあと思っていた矢先、パシッという激しい衝撃音とともにマストが紫色の閃光を放った。

雷が落ちたのだ。GPS,航海灯、オートパイロット、ついでにクルーのおしゃべりが停止した。チャートへの位置のプロットもしていなかったので船位は定かではないし、寄港予定の勝浦港への針路も取れない。まずいことになった。豪雨で一寸先も見えない。レーダーも雨雲を拾って役に立たない。目を皿のようにして見張りを続ける。視界が開けるまで太平洋を彷徨うことになりそうだ。危険を避けるため、かなり沖出ししていたので黒潮に乗ってハワイまで流されたらどうしよう。パスポートと水着の用意はしてこなかったし、ドルの持ち合わせもない。 

幸いにも人間には誰にも異常は無かったがまさか雷の直撃を受けるとは思わなかったのでショックは大きかったが、クルー達は一瞬青ざめながらもすぐに元気を取り戻し

「いやあ、貴重な経験出来たなあ」

と、はしゃいでいる。

 

翌日のニュースでは一時間に一三〇ミリの豪雨だったと発表された。九州では雨で多くの人が亡くなった日だが、紀伊半島沖の太平洋上の雨も、なかなかのものだった。

「見張りを厳重にしろ」

艇長命令が無くても皆必死に周囲を監視しているが全く視界が効かない。

「右、四点、本船!」

誰かが叫んだ。雨のカーテンからいきなり貨物船が現れた。

「ポート ハード!」

距離は五〇メートルも無い。もう少しで海の藻屑と消えるところだった。

悪戦苦闘しているうちに、我々の日ごろの行いが良かったのかGPSだけは何故か回復したので、直ちに針路を定め、脇目もふらず一目散に勝浦に向かう。

「頑張れ、もう少しで美味い鰹が食える」

鰹どころか一つ間違えば、こっちが魚の餌食だ。なんとか命があるうちに、一七時間に及ぶ嵐の回航一日目は終わったが、クルー一名は陸路大阪へ帰って行った。

 翌日以後と、この回航後の熱海までのレースと大阪への回航は天候に恵まれ何ら問題はなく、私が乗船したレグだけが大荒れだったので私は雨男から昇格し、嵐を呼ぶオッサンと呼ばれるようになった。