ヨットレース
海に出てまで競争はしたくない。BW派のヨットマンがよく口にする言葉である。 私もそうだったが、自分の艇の能力を最大限に引き出す技術を持つことは安全航行に繋がるし、その技術を養うにはレースに出ることが最も、てっとり早いと言われたので試してみることにした。 とは言っても、いきなり普通のレースにエントリーするのは身の程知らずにもほどがある。まずは草レースということで、マリーナ主催の毎月の恒例お遊びレースに出ることにした。自分の艇は無いから参加艇を適当に見つくろって、出来るだけお気楽そうな、かつ食事付きの船を探して乗り込んだ。 さて、このレースは本格的な外洋レーサーも参加すれば、どこから見てもクルージングにしか使用していないという艇。さらには宴会をしながら走るのが普通というフネや果てはディンギーまで参加し、クルーもシングルから、ダブル。さらに、よくこれだけ乗ったなと思うほどクルーで溢れている艇まで様々であり、これらが一斉にヨーイドンでレースが始まる。陸で言えばF1レーサーと一般乗用車、トラック、オートバイ、三輪車に至るまでの種種雑多な車が一度に競争するようなものである。 普通のレースであれば当然レーサーが優勝するが、このレースはハンディをつけて着順時間の調整を行うから誰が勝つかわからないという面白さがある。外洋レーサーが、どんべになったり、酔っ払い船が一位になったりする。この、誰でもが優勝できる可能性があるところに参加する面白さがあるらしく、いい大人がきゃあきゃあわいわい言いながら楽しむのだ。 私が乗り込んだ艇は、二十六フィート乗員は三名という手ごろな船だったが、完全なクルージング艇で艇長は酒びたりということがレース本部にまで知れ渡っているので。たくさんのハンディをもらっている。その酔っ払い艇長が言った。 「今日のレースは、1,2,3,1、2,1,2,3とマークを周る。風が強いのでスピンは使用しない。レギュラーとメインで勝負する。わかったな!」 「・・・1,2,3,1・・・。忘れた。」
レースが始ったが、スタートに失敗し、いきなり最下位になって他の艇を追う。第一マークを周ると次は追い風になるので観音開きにする。スピンポールをセットし左右に大きくセールを張る。 「ジブ、もっと締めろ、もっともっと!」 酔いどれ艇長が怒鳴る。 私はセールの状況も見ないでウインチを必死で回す。こんなものかと思ってセールを見て愕然とした。シートを引きすぎてスピンポールがステーに当たり、そのままクの字に曲がってしまっているではないか。とんでもない失敗をしてしまった・・・今更仕方ない、笑って誤魔化せ自分の失敗。 第二マークを周ると次は横からの絶好の風になる。折からの強風に艇は大きくヒールしながら快調に走る。傾きすぎて舵が水中から出てしまうのでコースが定まらない。キャビンでは鍋やコップがガラガラと音を立てて転げまわっている。 その時だった。メインセールをコントロールする金具がふっ飛んでしまった。仕方なく私ともう一名のクルーはブームを肩に担ぐような格好でメインセールに風を受ける。人間メインシートとなった。他の艇の連中は何をしてるのかと不思議そうな顔で私たちを見ている。 曲がったポールと人間ロープで過酷なレースは続く。ほうほうの態でゴールした時はやはり最下位だった。しかし結果発表を聞いて驚いた。なんと三位入賞だというから世の中いいかげんなものである。レーティング計算というハンディによるマジックだ。 当然ブーイングが起こる。しかし、入賞は当然と言えば当然である。ヘルムスマンは酔っ払いでクルーは素人。艇はクルージング仕様となればハンディは大きい。 強風波浪の中で色々苦労しながらゴールを目指すというレースは単なる楽しさだけではなく、普段の航海においても海象気象の変化や各種のアクシデントに的確に対応しうるシーマンシップの養成に非常に有効な手法であることは分かった。 オーナーは入賞の喜びと酒の酔いに、どっぷりとつかって機嫌が良い。オーナーが,曲がったスピンポールのことを思い出す前に、私が逃走したのは言うまでも無い。
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