インペラ

「航行中、焦げ臭い臭いがしたら、どこを点検しますか」
「冷却水温度計の針がレッドゾーンを示したら、どこを点検しますか」

 小型船舶操縦士試験では、よく質問される事項である。

「冷却水取入れ口のつまりや、Vベルトを点検します」

 えらい。まだ覚えている。しかし、答えられることと、実際に海上で対処できることとは別問題だった。

 晴れ、南西の風、風力2。バッテリーの充電ついでに少し走ろうと、出港前点検もせずにエンジン始動。ヤンマー40馬力ディーゼルは小気味の良い音を水面に響かせる。
 港内をスローで抜け、防波堤を出て回転をフルに上げると、たちまち白い飛沫を残し、プレーニング状態になる。
 冷却水温度計をチラチラ見ながら沖に向かう。温度計の針は順調に上がり、40度を超え、80度を示す。ここで、針は停止しなくてはならない。が、この日の針はそのまま順調に?右へ振って行く。
 「おかしい」
そう思って少し減速してみるが、針は90度を超えてしまった。

 減速。停船。エンジンを停止する前に冷却水吐出口を見ると、全く水が出ていない。慌てて機関停止。エンジン蓋を開けると排気管付近から白煙が漂い、機関室全体が煙に包まれているではないか。ボンペット(自動消火器)はまだ作動していないが、このまま火を噴くのではないかと心配になる。

 消化用バケツは、どこだった。バウの物入れだ。消火器は・・・無い。いざとなれば船体放棄だ。救命胴衣は・・・運転席の下のロッカーに放り込んだままだ。

 いつもこれだ。いざとなってから慌てる悪い癖は治らない。ボート遊びと言うのは、次から次へと命にかかわる問題が発生するスリルとロマンに満ちた遊びなのだ。

 あわてふためいたが、結局、煙は海上に流れ、艇上は何事も無かったかのように静寂を取り戻した。
 わが愛艇は本来、耳を聾するほどの、うるさいエンジン音が当り前で、ヨットのように「静寂がおとずれる」のは問題であり歓迎出来ない。
 とりあえず大事に至らず、翌日の三面記事にアホの見本として載せられる最悪の事態は避けられた。

 さて、この艇の冷却水取入れ口は船底にあり、見えもしなければ、手も届かない。冷却水取入れ口の点検は潜らないかぎり出来ない構造となっている。なんとか港に戻らなくてはならないので、船外機を下ろして燃料を接続する。この辺の手順は日頃から訓練してあるだけに手際が良い。意気揚揚と出たばかりの港に意気消沈して戻り、艇を繋ぐ。

 さあ、どうしようか。ベルトは異常なし。冷却水取入れ口は見えない。そうだ、インペラだ。あれこれと考えながらインペラの蓋のボルトを外してみるが、見た限りでは欠けてもいないし、ゴムの弾力もあり、異常は無い。
 素人には、この時点でお手上げとなり、仕方なく近所の修理屋さんに来てもらう。
彼も、インペラを見て
 「う〜ん。何ともないようだ」
と言い、続いて
 「吸い込み口に、何か詰まっているか、めったに無いことやけどインペラが空回り  しているかやなあ」
と言う。そこで私はインペラの蓋を外したままでエンジンを回してみれば分かるだろうと提案し、イグニッションを回してみた結果、『めったに無いこと』が発生していたことが判明した。

 インペラが老朽化し、中心の金具とゴムの接着が外れて軸が空回りしていたのだった。

 こうしてハプニングは無事終焉を迎え、私は出港前点検の重要性と船内の整理整頓の大切さを再認識したのであるが、もう一つ、めったに無いことの例があるので紹介する。

 知人が新艇を手に入れ、進水式を行い、初航海に出た。外国製の艇は素晴らしい走航性能は発揮し、水面を切り裂くように疾走した。しかし、次の瞬間。艇は急停止。原因不明。エンジンを調べても何ら異常なく、軽やかに回転している。
 しかし、スロットルを上げても、回転は上がるものの、艇は全く進まない。その時、船尾を覗き込んでいたクルーが大声を上げた。

 「プ、プロペラが無い」

船では何が起こるか分からないのである。

 

きゃびん