
インペラ
「航行中、焦げ臭い臭いがしたら、どこを点検しますか」 小型船舶操縦士試験では、よく質問される事項である。 「冷却水取入れ口のつまりや、Vベルトを点検します」 えらい。まだ覚えている。しかし、答えられることと、実際に海上で対処できることとは別問題だった。 晴れ、南西の風、風力2。バッテリーの充電ついでに少し走ろうと、出港前点検もせずにエンジン始動。ヤンマー40馬力ディーゼルは小気味の良い音を水面に響かせる。 減速。停船。エンジンを停止する前に冷却水吐出口を見ると、全く水が出ていない。慌てて機関停止。エンジン蓋を開けると排気管付近から白煙が漂い、機関室全体が煙に包まれているではないか。ボンペット(自動消火器)はまだ作動していないが、このまま火を噴くのではないかと心配になる。 消化用バケツは、どこだった。バウの物入れだ。消火器は・・・無い。いざとなれば船体放棄だ。救命胴衣は・・・運転席の下のロッカーに放り込んだままだ。 いつもこれだ。いざとなってから慌てる悪い癖は治らない。ボート遊びと言うのは、次から次へと命にかかわる問題が発生するスリルとロマンに満ちた遊びなのだ。 あわてふためいたが、結局、煙は海上に流れ、艇上は何事も無かったかのように静寂を取り戻した。 さて、この艇の冷却水取入れ口は船底にあり、見えもしなければ、手も届かない。冷却水取入れ口の点検は潜らないかぎり出来ない構造となっている。なんとか港に戻らなくてはならないので、船外機を下ろして燃料を接続する。この辺の手順は日頃から訓練してあるだけに手際が良い。意気揚揚と出たばかりの港に意気消沈して戻り、艇を繋ぐ。 さあ、どうしようか。ベルトは異常なし。冷却水取入れ口は見えない。そうだ、インペラだ。あれこれと考えながらインペラの蓋のボルトを外してみるが、見た限りでは欠けてもいないし、ゴムの弾力もあり、異常は無い。 インペラが老朽化し、中心の金具とゴムの接着が外れて軸が空回りしていたのだった。 こうしてハプニングは無事終焉を迎え、私は出港前点検の重要性と船内の整理整頓の大切さを再認識したのであるが、もう一つ、めったに無いことの例があるので紹介する。 知人が新艇を手に入れ、進水式を行い、初航海に出た。外国製の艇は素晴らしい走航性能は発揮し、水面を切り裂くように疾走した。しかし、次の瞬間。艇は急停止。原因不明。エンジンを調べても何ら異常なく、軽やかに回転している。 「プ、プロペラが無い」 船では何が起こるか分からないのである。 |