嵐の回航
嵐を呼ぶオッサンとして異名を馳せた私。なんとか無事に帰港した時、ヨット初体験のA君は「死ぬかと思いました」と語り、私の左指2本は火傷で水ぶくれとなり、右手の親指は強度の打撲で、その機能を失っていた。
先週の全日本選手権レースに出て、そのまま和歌山マリーナに置いたままの「りんご」(J24)を母港に回航するために母港二色ハーバーを奴隷船(ババリア44)が出航したのは10:46だった。乗員はT氏。風来坊氏、K君とその友人のヨット初体験のA君,B君と私の6名。
無風曇天。海上はベタ凪だった。和歌山入港は14:00。直ちに曳航準備を整え、母港に引き返す。
和歌山マリーナの人が「夕方から吹きますよ」と言ってくれたので慌てる。被曳航船の「りんご」にはK君とA君が乗り、一路母港に向う。
和歌山港沖で、一天にわかに掻き曇り、突風と雨に襲われる。マリーナの人が言ってたのはこのことかと思ったが、とんでもない大間違いだった。
友が島水道から逆潮をついて大阪湾に入る。風は15〜17ノットでアビームとなったのでジブセール(前帆)だけをフルセールで張る。速度は7ノットまで上がった。やがて日は沈み、航海灯を点ける頃、風は20ノットを超えて我々は闇に包まれたが、24フィートのヨットを曳航しながらも速度は8ノットを超える。闇夜に白く、泡立つ引き波が浮かぶ。
さらに風は吹き上がり、27〜30ノットとなった。左4点(45度左前方)にはKIX(関西空港)の灯りが見える。
「関空の陰に入ったら風は落ちるな」
確かに今までの何回もの経験では・・そうだった。しかし、予想に反して風はどんどん吹き上がり、33、35、36・・ついに39ノット(完全に台風)のブローが艇を襲った。フルセールだったので、風を逃がす。その時、ロープがウインチに絡んだ。
やばい。慌てて絡んだロープを解すと強風に煽られた帆は恐ろしい力で風をはらみ、凄い速度でロープが走る。私の指は摩擦熱で瞬間に焼けどを負い、右手の親指はウインチに蹴られて鋭い痛みが走った。セールは仕方なく電動ウインチの力を借りて収納。この時には二本のジブシートの金具は外れてしまっていた。
関空を越えると今度は、横から大波の襲来。44フィートの奴隷船が木の葉のように翻弄される。曳航している「リンゴ」を見ると風に吹き飛ばされた海水に船体が見えないほどだ。暗闇の中で、りんごは跳ね上がったりサーフィングしたり。さらに波の頂上に押し上げられたかと思うと、そのまま横倒しとなった。
「後ろの連中、キャアキャア言って喜んでるね」
「そうかな・・ちょっと違うような・・・・・」
乗員は大丈夫だろうか。暗くて見えない。一名は、この日、ヨット初体験のA君だ。声は届かないし、こっちも自分が落ちないように船につかまってるのがやっとの状況となっている。万一、入港して乗員がいなかったら・・・また、この状況で曳航索が切れたら・・不安は次々に襲う。しかし、奴隷船にも「ヨット初体験」のB君がいる。
とにかく恐怖感を抱かせない様に笑う・・ちょっと、ひきつった笑いかも・・(^_^;)
入港も難しいと思われた時、風は北にまわり、母港の前は、いくぶん波は治まった。今だ! 19:20入港。
なんとか無事に帰港できた。
「いや〜A君、B君! 良い経験が出来たね〜〜。初体験で、ベタ凪と強風、夜間航海に命の危険まで経験できるとは、なんという好運だろうね!!」
と慰めておいた。
今、左手を氷で冷やしながら・・書いてます。いや〜楽しい一日でした・・