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 孤立無援の海上を行く小型船。それもエンジン船であれば、舵、機関の故障、すなわち「運転不自由船」と規定されている状況に陥るのは命にかかわる重大事である。

 船長たる者は万一に備えて日ごろから装備品の点検を行い、また訓練をしなければならない。そこで私は「砂漠の狐」作戦ならぬ、「岸辺のブタ」作戦と名付けた想定訓練を実施することとした。
 状況は、沖合いで機関が故障、無線も壊れて使い物にならない。携帯電話は忘れてきた。信号紅炎は濡れて発火しない。予備エンジンはガソリンが入っていなかった。という比較的厳しい想定下において、シーマンシップに則り、いかに無事、帰港するかという訓練である。

 ある日、女性クルー1名を同乗させて出航した私は、港外7マイル地点において機関停止。いよいよ訓練開始だ。
    「本船は機関故障により、運転不自由船となった。幸い、風は陸地方向に吹いているから応急帆走を行う」
と告げると、彼女は
    「ここは大阪湾やから、どっちに行っても陸地やと思うけど・・・」
    「想定訓練であるから、そういう細かいことは無視してよろし     い」
 私は船底から、以前に乗っていたヨットの荒天用のセールを引っ張り出した。トライスルという非常に小さな帆で、普通のセールがかぼちゃパンツだとしたら、これはTバック程度の大きさと考えて良い。
 ボートフックにTバックを縛り付けて風を受けてみると、ゆっくりではあるが、風下に向かって動き出した。センターボードが無いから、ただ吹き流されているだけであるが、確実に陸に向かっている。
    「このままのコースでは、テトラ護岸に乗り上げる恐れがある。クルーはパドルを漕いで、コースの修正を行え」
    「いや」
こんな女を連れてくるんじゃなかった・・・。胸中でつぶやきながら、船長自らパドルを握る。船足はやや速くなり、ある程度、方向の修正も効くようだが、荒れた海面ではどうなるか分からない。等と考えている時、彼女の声がした。
    「ねえ、あっちから来るクルーザーの人、何してるの?」
    「えっ?」
振り返ると,いつの間にか一隻のセーリングクルーザーが近づいてきており、その船首には、コイルしたロープを肩にかついだ男性が仁王立ちし、私たちに向かって叫んだ。
    「大丈夫か?曳航してやるからロープを受け取れ」
 事情を説明し、謝ったのは言うまでもない。

 初期の目的は達せられたので、応急帆走訓練は中止し、次は予備エンジンによる入港訓練を行うこととした。五馬力船外機は、船尾片側に位置している関係上、直進も変針も思うようにいかない。
 ヨットのように深いラダーが付いていれば、保針性は多少ましだが、船内外機の小さなドライブだけでは運転席でのハンドル操作だけでの操縦は難しい。特に入港、着岸操作の細かい作業は困難を極めるので主機のドライブをチルトアップして、船外機を直接操作する。

 久しぶりに回した船外機は、始動、エンジン音ともに良好。気を良くした私は、これなら万一の際にも帆に頼ることはなさそうだと思ったが大きな間違いだった。
 いつの間にか五馬力からは激しく白い蒸気を吐いている。検水孔からの水が出ていない。波の上下に合わせるようにシュウシュウという音がして、排気孔から蒸気が吹き上がる。
 毎回、運転した後で清水による洗浄をしていなかったから、塩がパイプに詰まって、冷却水が廻らず、過熱しているらしい。小さなエンジンから、よくもこんなに出るものだと感心するくらい蒸気が上がる。少し無理して回せば、塩が溶けてくれないものかと、そのまま低速で走っていると拡声器の声がした。

    「故障か、曳航するか?」
 そこにいたのは、海上保安庁の警備艇だった。

きゃびん