沿岸航行

防波堤の先端付近においては、これを
右に見る場合、出来るだけ近づいて航行
せよと、港則法に定めらている。
フェンダーをぶら下げ、ラインの準備を整え、所定の人員配置を終えて入港準備完了。防波堤を右に見て小さく廻る。と、そこには無数の釣り糸がキラリキラリと光ながら海面に突き刺さっていて、堤防の上から
「どこ走っとんじゃ、ボケ」
と怒鳴られた。
「おまえこそ、どこで釣っとんじゃ」
と言い返したいところだが、私は人間が出来ているものだから、グッと我慢して、艇を港の奥深く進める。
定係場所の川に入るため橋をくぐる。橋を通過した瞬間に今度は上から釣り糸が垂れ下がっているではないか。橋の上には小学生アングラーが顔を出していて
「もうー・・・・」
とぬかす。小学生に釣られそうになったこっちの身にもなってもらいたい。やっとの思いで桟橋に帰り着き、30度の角度で接近すると、なんとここにも釣り糸があり
「邪魔や」
と、声がかかる。
港や川は釣り糸で出来た蜘蛛の巣みたいなもので、か弱い小型艇としては何とかこれに引っかからないように気を遣って航行しなければならない。法を遵守しているだけでは足りないのである。糸がプロペラに絡むと熱で溶け、シールが痛んでギアオイルに水が入る。
竿は無いか、糸は無いかと前後左右を警戒しながら航行していると、あろうことか前方水面に人が泳いでいる。四月、泳ぎには寒すぎる。大阪市内の汚れた川で人が泳ぐのは阪神タイガースが優勝した時だけ。つまり、めったに無いハズなのだ。ということは、泳いでいるのではなく事故。川に人が落ちたに違いないと考えた私は直ちに人命救助に赴くことにした。
エンジンスロー、中立。救命浮環用意。
溺れているのは、どんな人だろう。子供だろうか、はたまた妙齢の
婦人だろうか。美しい女性であれば、飛び込んで助けなければなら らない。そうだ人工呼吸もしなければ・・・こんなことなら昨日ギョウザを、あんなに沢山食べるんじゃなかった。
溺れているのが男なら・・・まあ、ほっとくわけにもいかないしロープでも投げてやろう。等と考えながら近づくと、なんと花見の酒に酔ったオッサンで、私の期待は見事に裏切られてしまった。
人は、どこででも泳ぐものである。夏ともなれば、大阪は
橋の下は、時折、漁船やレジャー船が高速で駆け抜けていくのに、よく事故が起こらないものだ。
港や、川における操船というものは、張り巡らされた釣り糸を避け、機雷のように浮いているガキやヨッパライを警戒しつつ、また空から降ってくる少年の肉弾攻撃をかいくぐって航行することなのだ。