ボートVSヨット
| 何故か知らないが、ヨット乗りとボート乗りはしっくりいかないようだ。ヨット乗りはボートをつかまえて 「やかましい音を立てやがって、うるさい」 と言い、ボート乗りは 「あんなトロトロ走ってなにが面白いのか」 と言う。 最近はジェットスキーが増えて、これまた喧しい音を立てて走り回るばかりか、プロペラが無いから浜辺近くまでやってきて危険きわまりない。もちろん、殆どはゲレンデを定め、自主管理して安全確保しているが、なかにはこれ見よがしに、岸辺や他船に故意に近づいてくるヤカラもいる。まあ、どんな世界にもアウトローはいるもので仕方ない。 こうして今や、ショアはヨット、ボート、ジェット、ウインドサーフィン、業務船が入り混じって、夏場の日曜ともなれば海上は連休の高速道路並の渋滞を呈し、一瞬たりとも気が抜けない。 特に海水浴場近くの港への出入りは危険を伴う。保針可能限界まで速度を落とし、全方位に注意しながら防波堤に近づくと、いきなり目の前にジェットスキーが飛び出して来る。 何をしているかと思えば航路標識をブイ代わりにして周回して遊んでいる。危ないヤツと思いながら航過すると、今度は防波堤の影からディンギーヨットが出てくる。エンジンが無いから港のなかでもタッキングを繰り返し右に左に頭を振りながら走っており、こっちは、それに合わせて左右に舵を忙しく操らなければならない。お互いに危ないなあと思い、そしてまたヨットなんか。とかボート野郎が。という話になる。 ボートもヨットも好きな人間は、こういう戦いには入りたくない。それぞれの良さがあるし、時間に規制の多い人には速度が出るのはありがたいし、良いロケーションではゆっくり帆走も楽しみたい。 そういう意味では機帆船が魅力的だが、その能力は中途半端で、納得できる機走・帆走性能を持つ船は少なく、高い。 エンジン船はその燃料消費に問題がある。一時期仕事で乗っていた小型船は18トンだったが大阪港を出て和歌山県北端の友が島まで往復すると、燃料タンクが半分カラになった。満タンで900リットルだから450リットルを消費した計算になる。ドラム缶2本以上だ。 23フィートクラスのディーゼル船でさえ、軽油1リットルあたり1マイルも走らない。最近まで乗っていた艇では1,3キロメートル毎リットルだった。 ヨットは人手がいる。シングルハンド仕様になっていれば良いが、それでも入出港時は手が欲しい。したがってクルーのいない船は動いていない。 ヨットでもボートでも、この種のスポーツ(酒を呑んで大声で騒ぐこともスポーツの範疇に入れるとすれば)は開始年齢に制限が無い。還暦を機にクルーザーを始めたとか、80歳を過ぎて尚、シングルハンドで軽々と出航する老人。女性でも70歳半ばで日本全国の船を渡り歩いて人生を楽しんでいる人。 この人達に共通するのは、何事に限らず一生懸命であるということ。一旦帆走練習をすると決めると脇目もふらず練習に練習を重ね、そこから別の課題、例えば外洋航海をしようと思うと今度は無線の勉強をして、ちゃんと資格を得るところまでやり遂げるバイタリティを持ちながらも、花は半開酒は微薫というたしなみを備えている。青春とは人生の一時期を言うのではなく、心の持ち方をいうのだと言ったのはサミュエルウルマンだったか? どこかの国の、どこにでもだらしなく座り込んでいるような若者には、このような力は無い。彼らこそ船に放り込み、海に鍛えられれば良い。自然から人間の卑小さを習い、団体行動から個人の持ち場における責任を知る。自由と権利には責任と義務の裏打ちが必要であることを学ばなくてはならない。恥を知る、足るを知るという教育を粗末にした結果、優秀だったはずの日本人は姿を消した。 ヨット界には優秀な日本人が生き残っており中でも名前を知られた人になると高年齢をものともせず、太平洋横断や世界一周と気炎を上げ、実行する。彼らの口からは 「もう、年だから」 という言葉は出ない。もちろん、私の口からは出る。 ある日、友人にボート遊びに誘われた。水上スキーをしようというのである。女性を含め、数人でランナバウトを疾走させる。速い。夏の暑さを忘れさせてくれる。そして水上スキー。ライフジャケットを身につけてロープを握り浮かんでいるとボートが引っ張ってくれ、水圧で海面に浮かび上がる。しかし、初心者は初めから、そんなに簡単にはいかない。特に私は浮かび上がる寸前に転倒することを繰り返す。大事なのはこの時で、すぐにロープを放さないと海底に引き込まれたりする。 同行の女性は初体験で、しっかりロープを握りすぎて災難にあった。彼女は初めてと思えないほど筋がよく、簡単にその素晴らしいプロポーションを水上に現した。私は感心すると同時に、初心者がこんなに簡単に出来てはいけない。物事をなめてかかるクセがつき、慢心につながると考えた。第一、私は何度やってもこける。ここは彼女が僧上慢とならないよう心を鬼にして念じた。 「こけろ」
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