奴隷船彷徨クルージング
奴隷船艇長からメールが来た。
『次の土曜日曜でクルージング。午前7時30分、二色ハーバー集合』
だんだん集合時間が早くなっていく。ハーバーまで自宅から高速利用で1時間。仕事の日より早く起きないといけない。

どこへ行くんだろう。聞いても無駄だ。毎回、出航してから行先は変更される。
淡路島は神戸に変更されるし、小豆島は四国高松に変更となる。
和歌山が徳島になるし、夕方の帰港予定が深夜になる。
今までで、最もひどかったのは一昨年のGWクルージング。「四国うどん食いクルージング」という名目だったが、初日から乗れなかったので
「二日目に合流します」
と言っておいた。二日目、電話した。
「今、どこですか?」
『別府』
「へ? どこの? 四国に別府ってありましたっけ??」
『九州の別府や。G君が温泉に入りたいと言うから・・』
「・・そうなんですか・・じゃ、今回は遠慮しときます」
高速エンジン船じゃあるまいし・・四国一周するか??
GWに九州まで電車で行くのはたまらない。第一、切符がとれるかどうか怪しい。
今回は二日間だから九州や名古屋までは行く心配?はなさそうだが果たしてどうなるのか・・・
毎回のミステリークルージング。
私の勤務先は「外泊届け」なる書類が必要なので困る。
行先 海
宿泊先 ヨット
連絡方法 無線
と書いて出すと上役が
「なめとんのか・・・(-_-)/~~~ピシー!ピシー!」
となる。まあ、相手は海を知らない素人だから適当に書いて出す。
まずは、明石海峡を越えるのか?それとも、友が島水道を抜けて紀伊水道、太平洋か・・・不安は尽きない。

11月3日土曜日。午前7時30分、大阪二色ハーバーに集合した。
快晴。絶好のクルージング日和だった・・・
午前8時、もやいを解く。朝日に輝く阪神高速道路湾岸線に見送られ出航。

あ、その前におかずをゲット〜

「さあ、どこへ行こうか」
これだ・・・本当なら、艇長たる者は
「本日の航海予定を申し渡す。これより、海路○○港へ向う。各自の持ち場はコレコレ。注意事項はシカジカ・・・本航海の安全と成功は諸君の双肩にかかっておる。各員奮励努力せよ、以上。では本日の会費を徴収する」
というのが一般的だが、関西ヨット界において民主主義の雄たる存在の奴隷船艇長は違う。
この日も、参加各位の意見を求め、多数決によって行き先を決める様子だった。会費の徴収は一切無い・・・
「淡路島一周!」
「徳島」
「日和佐・・行ったことがない」
「方杭」
今日のメンバーは艇長以下5名である。
残る4名の意見が割れた。
「じゃ、とにかく方杭の温泉にして、和歌山方面に行こう」
と、艇長の決断が下された。
この下された決断は毎回いとも簡単にひっくり返るからアテにはならない。
とりあえず関西国際空港橋を後にする。

10:00、友が島水道に差しかかる。

折しも、和歌山のマリーナシティ沖ではシマセイキカップレースが行われていた。

ひやかしに応援に行く。
さて、時間はまだまだ早い。
ここから「方杭港」に向かっても早すぎて、時間を持て余す。
ここでまた行き先会議が行われた。
「そうそう、ニュージーランドまでご夫婦で、それも自作のヨット花丸で行くというIさんが白浜にいるから、見物に・・ちゃう、励ましに行こうか」
「そりゃ面白そうだ、お見送りに行こう」
てな話になり、急遽、南紀白浜温泉は綱不知(ツナシラズ)港に向うこととなった。
言っておくが、奴隷船はヨットであってエンジン船ではない。
賢明なヨット乗り諸氏は、よく計算された上で航海計画を立てるべきであって決して奴隷船のような走り方をするべきではない。
花丸にしても、金曜の午前6時出航、午後6時ARR。暗いし、暗岩だらけの田邊湾に入ることが出来ず、地元ヨットマンの案内によって入港している。
行き先をあちこち考えながら、片道70海里弱を、日の短い秋という季節にいきなり決めるということが無茶であるのはヨット乗りなら誰でも理解できるはずだ。
だが、行くと決めたら一直線。

追い風20ノット前後、艇の速度は8〜9ノット。時に10ノットを超えて、本航海においては10.5ノットを記録した。


波は次第に太平洋の黒々した濃い藍色に染まり、太陽が西に傾いた頃、早々と田邊湾に入る。

風来坊師匠の案内で、目印の黄色い観測塔を陸側に進み、慎重に湾の奥へ向かい、桟橋に着ける。

無事に昔観光船乗り場だった桟橋に係留。一晩1000円。
反対側には花丸。明日には太平洋行路に出て小笠原の父島、その後はニュージーランドを目指すという。

ここでIさんご夫妻を交えて宴会の開始。
国際航海へ出発される「花丸」をバックに記念撮影(風来坊師匠撮影)。

翌、早朝6時出航ということで早めにお開き。
綱不知(ツナシラズ)桟橋の夜は深け行く。
田辺湾の空には宝石箱をひっくり返したような夜空・・・私は宝石箱も宝石も持っていないので、この表現が正しいかどうかは知らない。
奴隷18号(中山氏)は夜空に造詣が深いようで、あれがオリオン座、あっちが北極星とか説明してくれる。
横で星空を見上げているのが、奴隷男でなくて女性なら、もっと星は輝きを増していたと思える。
田辺湾、そこらじゅうに暗岩、洗岩がゴロゴロしていて喫水の浅いボートならともかく、深いキールを持つ帆走艇では進入コースが限られる。
ここで、進入のおさらい・・・・
船は目標が正横に来た時に変針するのが普通で、ショートカットすると危険が迫る。
田辺市沖から湾口を見ると黄色い観測塔がある。

この塔のすぐ横を奥に進む。
今度は標識が浮いているので、この直近を右に針路変更し、筏に気をつけて進むと正面に信号が見える。信号手前が桟橋となっている。

「あの標識は東方位標識だったかな」
「西方位だよ」
「北と南では絶対にない」
「アレの東側が危ないの?」
「え、そっちが可航水域じゃないの??」
これでも全員、一応一級小型船舶免状を所持する「船長」なのである・・・
ちなみに、これは東方位標識。この標識の東側に可航水域、航路の合流、出入り口があり、西側には障害物があると意味。
翌早暁5時起床。
花丸と奴隷船は出航準備を整える。
花丸は、昨夜地元船の案内で入港したので出航コースが分からないので奴隷船が誘導する。
午前6時出航。もうすぐ日の出という空に雲が美しい。
花丸は沖合いに出るとすぐにセールアップ。絵になる・・・・

無事にニュージーランド到着されることを祈って南北に分かれる。
「さあ帰ろうか」
「へ〜い」
後ろから仕掛けを流しながら、今度は陸を右手に眺めて走る。
風と波は正面から。
昨日は8〜10ノットの快走だった。
今日は波が甲板を洗う状況となるが、大型ドジャーのおかげでコクピットはドライ。
対水速度は7ノット強だが、潮に乗り対地速度は9ノット前後となる。
しばらくすると30センチ強のシイラ(メス・・)がかかるが、リリース。

今日に至るも「シイラの恩返し」は、まだない。
トントンとドアがノックされる。おや、こんな夜中に誰だろう?ドアを開けると薄黄色のドレスを身に纏った若い女性が立っている。
「どうしたんですか」
「私は、紀伊水道で助けていただいたシイラです、お礼に竜宮城から金銀財宝をもって参りました」
「さようか・・苦しゅうない・・ちこう寄れ・・ガハハハ〜」
なんてことは無いだろうなあ・・・(^_^;)
そうしている間も船は快調に走り、方杭港沖を通過。

さて、何もしていなくても昼になると腹が減る。
今回は料理長がいないので、私と中山氏が料理担当。
揺れる船内で足を踏ん張りながら、玉子焼き、ハム、白菜、玉葱、シーチキンの炒め物を作る。
中山氏は、玉葱スープを作る。これが美味い。

13:00早くも和歌山マリーナシティ沖に到着し、アンカーを入れてシマセイキカップレース二日目を観戦しながら食事。
次々とゴールする各艇。
フラッパー艇のTさんがいる。ひょこさんも乗っている。新西ハーバーのラブちゃんの姿もあればシルバーフォックス艇の姿も・・・
あ、徳島のポチママもいる。神出鬼没の女性・・・

「さて、よく遊んだし帰ろう」
アンカーを上げる。
友が島水道を通過し大阪湾に流れ込む。
潮に押されて10ノット近い速度。
関西空港へ着陸する航空機が次々と上空を通過する。

間もなく日没。17:00二色ハーバー入港。

二日間の彷徨クルージングは無事終了した。