yoko

人間万事塞翁が馬。禍福はあざなえる縄のごとし。
何が幸せになり、何が不幸になるか前もって知ることが出来ないことの喩えである。福必ずしも福ならず、禍必ずしも禍ならず。人間、抜本塞源はかなわない。
G君はハンサムな男性で独身。日本人にしては珍しく、航空機の操縦免許も持っている。ある日、彼はヨットに長靴を持ってきた。折りしも、その夜出航予定であり、すでに集まっていた乗組員から強く同行を誘われた。
「一緒に行こう!!」
「ダメですよ。明日は仕事があるんです」
「仕事はいつでも出来る。今日のクルージングは今日しか無いぞ」
「いや、今日は長靴を持ってきただけですから・・・」
ヨットに長靴を積みにきただけの彼は、そのまま艇上の人となり、三日間を費やし大阪から三重県まで連れていかれた。
Y子さんは、若い元気溌剌の独身女性である。ある日、鍋を食べようと誘われ、彼氏と供にヨットを訪れた。ヨットは強風のため出航を見合わせて船上で鍋を囲んでいた。Y子さんを含めて7人で楽しく食事は進んだが、午後になって風が幾分落ちたので、出航しようかという話になった。
「Y子さんも一緒に行こうよ」
「いえ、私の彼は明日、学会に出席しなくてはなりませんから・・・」
「それは残念だなあ・・でも行きたいでしょう、この際、彼 はほっといたらあ??」
「そんなこと出来ませんよお・・・・」

やがて、出航の時間が来た。桟橋では、件の彼氏が我々に手を振ってくれている・・・一人で。
彼女は・・・甲板作業をしていた。
着の身着のまま、何の用意も無しに、鍋を食べに来ただけで、彼氏を見捨て、五人の男どもと供に一泊二日のクルージングに同行してしまった、うら若き乙女。
いったいヨットのどこに大事な仕事をキャンセルしたり、大切な恋人を陸に残したまま、いきなりの航海に出てしまう魅力があるのか。
出航してしまったものは仕方ない。沖はまだ荒れていて、縦揺れが激しく上りの帆走は波飛沫が身体を濡らす。ヒールも大きく落水に注意しながらの作業となるが、さすがに彼氏よりヨットを選んだY嬢は軽やかに甲板作業をこなしている。聞けば帆船「海星」で韓国まで行った経験があるという。
15時の出航で淡路島に向かうが、冬のことで17時前に日没。
艇長 「航海灯点灯」
クルー「点灯しました」
艇長 「両色灯が点いていない」
クルー「故障です」
艇長 「乾電池式の予備がある」
クルー「どこですか」
艇長 「・・・・・弟が知ってる」
クルー「今日は弟さんは乗ってません」
奴隷船には様々な機器が揃っている。マリンVHFにアマ無線。レーダー、GPS,ハンディGPS、測深計、電子海図、ステレオ、液晶TV、シャワー、ウオシュレット、電子レンジ、炊飯器に湯沸しポット・・・ただし艇長は小事に拘らない人で、殆ど使い方及び格納場所を知らない。
もう海上は暗い。目的の港の灯台を探すが、陸上には様々な灯火が瞬いている。
クルー「どれが目的の港の灯火か分かりません。海図を出して下さい」
艇長 「キャビンの・・・どこかにある・・・・」
クルー「・・・」
初めての港ではないから適当に探して入港出来たが、出航前にはエンジンだけでなく装備品の点検も忘れてはならない。揺れる日没後の船内での探し物は極めて困難を伴う。
さあ、食事だ。Y子さんとM調理長が腕によりを掛けて料理を並べ、他の者は早速乾杯して、酔いに任せて好きなことを喋っている。
私 「俺は七つの海を知ってるぜ」
P
「そいつあ凄い。太平洋、大西洋、インド洋・・・」
私 「ちゃう。播磨灘 備後灘 水島灘 熊野灘 大阪湾 紀伊水道 琵琶湖じゃ」
P
「そんなら、俺も知ってる。出羽の海、玉乃海、舞の海、肥後ノ海、鳴門海、千代大海、北の湖、どうじゃ、まいったか」
私 「参りました・・・」
賑やかに夜は更けてゆく。揺りかごのように優しく揺れる船内に私の大イビキだけが深夜まで響いていたという。
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